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  • 執筆者の写真YUKO OBA

フリーランス歴20年となりました。


1999年にフリーランスとなりまして、20年が経ちました。

当時は、平成不況まっただ中で広告業界も打撃を食らいました。そして、その打撃は勤めていたコピーライター事務所にも直撃。どんどん仕事量が減りましたね。とはいえ「急いで辞めても、これは転職できないだろうな」としがみつき、いよいよもって「給料出せないんだよね」と言われて退職したのがフリーになったきっかけでした。

周りからは「早く仕事探さなきゃ!」と言われましたが、なぜか私は冷静で「まだまだ転職は難しいだろう」と、映画「青いパパイヤの香り」「シクロ」に影響されてベトナムへ。

で、5日間ほどベトナムを満喫し帰国。もちろん、その後も仕事なんて見つかりませんでした。他の業界にも履歴書を出しましたが、女性、未経験、30歳前後となると圧倒的に転職不利!しかしながら、しばらくしたら、かつてお世話になった広告代理店の人から「カタログの制作進行の仕事だけれど、手伝ってもらえる?」と声がかかり、便宜上、登録した制作系派遣会社から次の仕事の声もかかりました。とはいえ、派遣元はIT系やビジネス系の雑誌社の子会社。いままでの仕事とは全然違います。しかし、長文を書いたり取材をしたりする仕事が覚えられそうだったので「やがて武器になるぞ!」とお世話になることを即決。しかもありがたいことに、私が会社員時代から続けてきた仕事を継続しても良いと言ってくれて。半分フリー、半分派遣社員というスタイルで2年働いてから100%フリーに。来るものこばまず、労働集約型で毎日夜遅くまで働きました。

その後もことあるごとに、経済の影響をもろに受けました。原料高、リーマンショック、東日本大震災。「仕事、こないな」「今後大丈夫かな」「年収、独立したばかりの年よりも少ないな」など、不安&不安定。で、ハンドメイドのバッグを売ったり(笑)→これが手間がかかるばかりでなかなか収入には結び付かないんだ!モノづくりって、だから海外に生産拠点を移すのね!とか、どんどん新しいデザインを出さないとお店も扱ってくれないのね!とか、おままごとビジネスで、なんとなく経済感覚が身についたかもしれません。

そうそう、フリーになった当初からお世話になっている会社、スタッフもまだまだいますし、多分、生涯つきあうんだろうなという半ば親戚みたいな親しいスタッフもいます。とにかく、たくさんの方々のお陰で、なんとか20年やってこれたというわけです。本当にありがとうございます。

さて、個人的には人生も折り返して体力が落ちリスクも増え、世は第四次産業革命、人口減少などこれまでとは状況が大幅に異なってきました。こだわりを捨てて、柔軟に、つらいことがあっても毎日を楽しく生きていけたらいいなと思います。

ということで、あのときと同じようにまた数日後、海外へ旅立ちます!わはははは!

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