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  • 執筆者の写真YUKO OBA

良くも悪くも、人は忘れてしまう生き物。


「地震と独身」(酒井順子著)を読みました。

東日本大震災のとき、メディアでは家族や高齢者の話ばかりが取りあげられ、

独身の人々に触れられることがほとんどなかったということから、

酒井さんがたくさんの独身に取材して書いた本でした。

東京の独身からは、「まず真っ先にバカラグラスを守った」とか

「震災後はしばらくジュエリーをつけて寝ていた」とか、

ちょっと”痛くて”、ちょっと笑えるエピソードがピックアップされ、

さすが「負け犬の遠吠え」の著者と思いました。

かくいう私も3.11の翌日、事の重大さがわからず「電車動いているみたいだし」

「1年振りだし」と友人と伊勢丹でお茶をしていましたし、

エルベ・シェプリエのリュックを防災袋にしたという…

”痛い”としか言いようのないことをやっていました。

ところが、毎日毎日、津波や原発の情報に触れたり、

スーパーから食料が消え、ドラッグストアの前にトイレットペーパーを

買う人の行列ができるのを見たりしているうちに、頭がこんがらがっていきました。

会社に所属していないので、帰宅困難者にはならなかったのですが、

あの異常事態を日常的に気軽に話せる人もおらず、行く場所もなく、仕事もストップして、

今考えたら、どう過ごしていたかほとんど覚えていないのですが、

午前中はとりあえず新聞を読んで泣く日々が半年位は続いていたと思います。

さてさて、「地震と独身」では、前出の”痛い”エピソードはごくごく一部で、

ほとんどは「独身は誰かのために働いた・動いた」というエピソードでした。

そして、私はというと、自分と同じ境遇の人、つまり、独身で地方出身者で

フリーランスという立場の女性の友人が自分とまったく同じ恐怖や不安を

経験したんじゃないかと思い、3.11から少し経った日、

ユザワヤで材料を買い、防災頭巾をつくって、勝手に彼女らに送りつけはじめました。

出かけたり、ミシンを使ったりしている間は、色々なことを忘れられ、

自分自身のこころの安定にもつながったと思います。

「地震と独身」を読んで、ふと、あのときを思い出しました。

そして、読後、本の感想を被災地支援に行った独身と話し、彼女の体験を聞きました。

さらには、その翌日、実際に被災した人から、震災当日から今までの

大変だった思いを聞きました。

人は良くも悪くも、忘れる生き物です。

前へ進むには、忌まわしい出来事は忘れた方がいいかもしれません。

でも、やっぱり忘れてはいけない。

あのとき、どう感じ、どう生きるべきかを考えたことを。

ときどき、こころの引き出しを開けて、確認しないといけないんだなと思いました。

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